記憶といふやつ

記憶といふやつは、予期せぬときにやってきて、予期せぬことを蘇らせる

小学校の校門の横に建てられた、真新しい花壇に咲いていた、色とりどりの紫陽花の模様を思い出す

冬の寒い日に、野外のコートに張られていた薄氷の上を歩いた後に、氷に走る亀裂の模様を思い出す

ビー玉から覗いた逆さまの世界についての詩を書いて、玉虫色に光った世界の模様を思い出す

あれは確か古い花壇が撤去され、市長から寄贈された現代風の花壇に変わった後だった

あれは確か5時間目の道徳の授業が担任の体調不良で急になくなり、外に出て言葉もなくむきになって氷を割ったときだった

あれは確か市のコンクールに当選したが、嫌な現実から逃避するために美しい言葉を並べただけのものだった


記憶といふやつは、予期せぬときにやってきて、予期せぬことを蘇らせる

部活動の後で訪れた中学校の薄暗い教室で、月の光を浴びて歓喜の声で乱舞する、裸の背中に翼を生やした同級生の女の子

部室の重なった畳の上から外を眺め、一人の少女を指差し『あの人嫌いです。先輩知らないんですか』と呟く可愛いい顔した後輩の女の子

チョコレートを箱で持ってきて、部員の男子に配っているのを箱ごと奪い『全部僕にですか』と真顔で言う僕に、困惑顔した先輩の女の子


あのとき確か、クラスメイトの身体の上で翼を広げる同級生の息づかいを聞きながら、僕は自分の鼓動が激しく響く音を聞いていた

あのとき確か、指差す先は同級生の女の子、何も言えない僕に続けて『高校どこに行くんですか』と聞く後輩の澄んだ言葉を聞いていた

あのとき確か、生徒会長の先輩は、僕には計り知れない悩みを持っていて、それでも気丈に振る舞う先輩が『君って面白いね』と言うのを聞いていた


記憶といふやつは、予期せぬときにやってきて、予期せぬことを蘇らせる


古い花壇に咲いていた、カンナの白い蕾が好きだった
それでも僕は紫陽花の、赤や青も好きだった

産休に入った担任の、熱心で分かりやすい授業が好きだった
それでも僕は薄氷の、脆く危しい模様も好きだった

ビー玉の向こうの綺麗な世界が好きだった
それでも僕は現実の、この世で響く綺麗な言葉も好きだった

昼間に教室で見せる普段の同級生が好きだった
それでも僕は同級生の、どんなことでも好きだった

悪い噂の絶えない同級生が好きだった
それでも僕は後輩の、可愛い心も好きだった

先輩の手に持つチョコが好きだった
それでも僕は先輩の、いつでも元気に振る舞う姿も好きだった


記憶といふやつは、予期せぬときにやってきて、予期せぬことを蘇らせる

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純文学作家(自称)