ジャックは喜んでいました。
一年ぶりに、みんなと会えたからです。
そして、みんなと一緒に帰ることができるかもしれないからです。
ジャックは生きていたときに、恐ろしい契約を死神としました。
それは、死んでも死神は、ジャックをあの世に連れていけないというものでした。
そのためジャックの魂は、何百年と一人でこの世に残っていたのです。
けれども、たった1つだけ、ジャックがあの世に帰ることができる望みがあるのです。
10月31日の日没から日付が変わるまでの間、人間の中で誰か一人、ジャックが自分で言わず、ジャックの本当の魂の形がジャック・オー・ランタンだと気づくことができたとき、ジャックの魂はようやく契約から解放されて、あの世に帰ることができるのです。
だけれども、生きている人間は、ジャックのことなど誰も知りませんでした。
そこでジャックは、自分の姿を絵に描きました。
そう、カボチャのお化け、ジャック・オー・ランタンの絵です。
そして10月31日の夜は、さまざまな人間の姿に変装して、自分をアピールしていたのです。
次に、ジャックは絵本を作りました。
ジャックの物語はたちまち人間に知れ渡り、ジャックの姿は人間に広まりました。
あとは、目の前に現れた人間に変装したジャックの姿は借り物で、本当はジャック・オー・ランタンであることを、誰かに気づいて貰えば良いだけです。
そうして一年に一度の望みをかけて、ジャックは人間に変装し街に現れるのですが、何百年たっても目の前の人間が、本当のジャック・オー・ランタンだと気づいてくれ者は現れませんでした。
最近では、ジャックはあの世に帰るのを、半分諦めていました。
そのかわり、10月31日はあの世から、死者の魂が地球に帰ってくる日です。
ジャックはその日を一年で一番楽しみにしていました。
ジャックの古い古い友達や家族が、唯一会える日でもあったのです。
そうして地球にやってきた魂は、みな思い思いに仮装して、つかの間の地球での時間を楽しむのでした。
ジャックは今年、太平洋に浮かぶ小さな島にいました。
今年はこの島で、わずかな望みをかけてみることにしたのです。
ここ数年は、この島に集まる仲間も多く、ジャックの形をした人形も、街でたくさん見かけることができたからです。
仲間たちはシマシマ模様の人間の作った道の上を、飛んだり跳ねたりして遊んでいました。
仲間の中には生きている人間の体を借りて、思う存分地球を満喫します。
人間の乗り物などを倒して喜んでいる仲間もいます。
生前飲んだお酒の味が忘れられず、それを楽しみに地球にやってくる仲間もいます。
ジャックもまた、仲間たちと会えた喜びから、だいぶお酒を飲んでいました。
すでに夜の22時です。
仮装した人間の身体は、すでに力が入らなくなっていました。
「そろそろ人間に気づいて貰わないと。今年もチャンスを逃すぞ」
ジャックは惜しみながらも仲間と離れ、人間の営む一軒のお店に入りました。
「いらっしゃいませ~」
店に入ると、女の店員が現れました。
店員「お客さま、それは何の仮装ですか」
店内を見渡すと、人間はさまざまな衣装で着飾っていました。
壁の張り紙には『仮装限定。一杯無料』と書かれています。
ジャック「どうだ。人間の会社員に見えるだろう」
確かにジャックは、ヨレヨレのスーツに、汚れたビジネスシューズを履いて、どう見ても人間の会社員の姿でした。
店員は一瞬だけ困った顔をしましたが、すぐに笑顔になって、ジャックを席に案内しました。
店員「何を飲まれますか」
ジャック「俺は、ジャック。」
すると店員は、すぐに薄茶色をしたアルコール飲料に、まわるい氷を浮かべた飲み物を持ってきました。
今度はジャックが一瞬だけ困った顔をしましたが、すぐに笑顔になって、出された飲み者を口に入れました。
店員「何時間になさいますか」
ジャック「この世にいるのも、あと二時間だ」
店員「二時間ですね。了解しました」
店員は、伝票の上に2と書きました。
店員「私、何に見えますか」
ジャック「君は、どうみても可愛いらしい人間だ」
店員「そうじゃなくて」
ジャックはしばらく店員を見つめ、腰の辺りにプレートで「ナオ」と書かれているのを見つけました。
ジャック「『ナオ』には見えないな」
ナオ「あ~。やっぱり分からないか」
ナオはひどくがっかりしている様子でした。
ナオ「いちおう、シスターなんですよ」
確かに、ナオの衣装の胸にはロザリオが描かれていました。
ナオ「やっぱりこれがないと駄目か」
そういって、ナオはポケットから聖帽を取り出し、頭にかぶりました。
それは紛れもなく、修道女の姿でした。
ジャックは思いました。
この世で最後に会う人間が修道女とは、なんて愉快なことだろうと。
何百年も前、いつものようにジャックと仲間が人間に仮装して騒いでいた頃、修道女たちの集まる一つの信仰で、ジャックにまつわる行事が禁止されたことがあったのです。
仮装して人間の目の前に現れることができなくなったら、ジャックはみんなのところに行けません。
ジャックは禁止されても何度も何度も仮装して、人間の前に現れ続けました。
そんなジャックを否定していた因縁のある修道女によって、今夜ジャックは救われるかもしれないのです。
そう思うと、ジャックは可笑しくてたまりませんでした。
ジャックは陽気になって歌いはじめました。
「これがぼくらのジャック・オー・ランタン♪」
これもジャックが昔自分で作った歌です。
他にもいろいろ歌います。
「早く気づいて僕の仮装に♪
オー・オー♪カボチャに乗って君を迎えに♪」
「ジャック・ジャック・ジャック♪ つまらない世界は今日で終わりさ♪ 僕には愉快な仲間が待っている♪」
歌いながら「俺はジャック!」そう叫ぶ度に、ジャックのグラスには茶色のアルコールが注がれました。
ナオはケラケラと笑いながら半分呆れてジャックを見ていました。
そうしてジャックの酔いがピークに達した頃、ナオは突然言いました。
ナオ「お客さま、ご延長なさいますか」
ジャックは慌てて時計を見ると、時刻は12時01分になっていました。
今年もまた、ジャックはあの世に帰ることがてきなかったのです。
「ああ、一年延長だ」
ジャックは呟くように言いました。
ジャックの仲間たちはすでにあの世に帰っていっているでしょう。
消えかける意識の中でジャックは思いました。
ハッピーハロウィン、また来年。
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純文学作家(自称)
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