文月に、かける

通りすがりの店の中央で、アレキサンドライトが葵く輝いている。
昼と夜で異なる顔を見せるその宝石は、純粋という言葉をもっている。
世界に二つとないその光に目を奪われて、世界に二人といない人を思い出す。
文月の朝、0が6つ並んだ宝石を眺めて理性が欠ける。


はじめて入った競技場で、得体の知れない熱が立ち込めている。
はじめて手にした新聞の倍率予想で、大穴という単語を探し出す。
知らない馬と、知らない騎手の勝ちを信じて、はじめての馬券を購入する。
文月の昼、給与の2.5月分を一頭の馬にすべて賭ける。


旗が上がりゲートが開いて、蹄の音とともにレース場に煙が上がる。
はじめて目にしたレース馬の真剣な瞳に、勝負という言葉を思い出す。
知らない人が、賭けた馬への名前を叫んで、自分の拳を空に突き上げる。
文月の昼過ぎ、一馬身先を本命の馬が一位で駆ける。


帰りの電車を待つ間、アナウンスの声が遠くに聞こえている。
自分で犯した愚かな振る舞いの結末は、半年という時間の重みを含んでいる。
年に二度ある賞与の一回を欲望のために失い、今になって後悔の念を思い出す。
文月の夕刻、自身の愚行に気づいてホームのベンチに腰を掛ける。


自宅に帰り暗くなった部屋の中で、豆電球だけが小さく光っている。
普段は気にもとめないその小さな存在は、頑張れという言葉を発している。
消えかけた自身の誇りに自信を取り戻して、これからやれることを探し出す。
文月の夜、豆電球の明かりに助けられて誇りの中に夢を架ける。


電気をつけて明るくなった部屋の中で、いつものように机に向かう。
魔が差して迷走した自身の愚行は、いつか文学という形で報われる。
消えてしまったお金と時間は取り戻せないが、これで真剣になれると決意する。
文月の未明、迷いは捨てて文学にようやく命を懸ける。

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純文学作家(自称)