5月というのは、私にとって特別な月である。
天体の動きにもとづいた円環の理(ことわり)を見てもその理由はわからないが、連休が明け梅雨がはじまる前の、人々に陰気をもたらす雰囲気が、アマノジャクな私の心をきっと慰めるからであろう。
あの日も、今日のような曇り空で、ビルの合間から今にも泣き出しそうな空を、私は何かを期待しながら眺めていた。
しばらくして雨が降りだしても、私はぼうっとただただ空を見上げていた。
時を置かずして遠くの方で稲光が走ったかと思うと、けたましく轟音が鳴り響いた。
それは何かの予兆だったのかもしれない。
それから数時間後、私はFに会ったのだった。
というFの物語はおいといて、今日も図書室。そして今週の本。
「古代の密儀」
運命の女神であるFortuna(フォルトゥーナ)の神話を持ち出すまでもなく、人には運命と言われる理が存在する。
古代から人はその理を自由に動かそうと試み失敗し、せめて運命の道を探ろうと研究を重ねてきた。はたして運命の女神はいつ誰に微笑むのだろうか。
「生きて動いている有機科学がわかる」
化学でFといえば、フッ素のことだが、このフッ素の有機化合物を作る植物が存在する。南アフリカなどに生息するジフブラールという植物はモノフルオロ酢酸(C2H3FO2)という猛毒を葉に宿す。
当然、人間が葉を食べたら死に至る。
天然のフッ素有機化合物というのは極めて稀であり、なぜこの植物はかような生態となったのか。化学も植物もまた興味がつきない。
「空手と意拳」
空手の本を読んで強くなろう、ということで読むわけではない。
空手に、Fの構えというものがある。
というのは間違い(false)であるが、私が昔書いたバイオレンス小説では、ピアニストであり、武道家である主人公がFの構えというものをとっていた。恥ずかしいのであまり話さないが、F(フォルテ)の構えから繰り出す正拳突きがあり、ある日それが破られると、厳しい修行の末、FF(フォルテシモ)の構えを会得し、強敵を倒す、という物語である。書いていて恥ずかしいので次にいこう。
真面目な話をすると、いつか空手を使う女の子の話を書きたい。
「サイバーセキュリティ読本」
コンピュータセキュリティでFといえばF/W、そう、ファイアウォールである。
専門的な話になるのでいつか別に書く。
「文学がもっと面白くなる」
残念ながら、文学とFを結びつける物語は思い浮かばなかった(笑)
私のバカ(fool)さ加減はおいといて、文学は何を書いてもいいという自由であるからこそ、何を書くかがより大事になる。
「地域通貨入門」
人間の体内で起きているエネルギーの交換は、貨幣の交換に例えられることがある。
そして一部のエネルギーはおにぎり通貨のように、限定的であり、それでいて、その部分では他のエネルギー交換より優れた変換のシステムを持っている。
そう、地域通貨とは限定的な、法定通貨とは通常変換不可能な、ある特定の物やサービスと交換できる、地域活性化のための交換、つまりはコミュニティ通貨である。
考えれば、モナコインなども法定通貨に変換可能なコミュニティ通貨である。
話は変わるが、あと50年もすれば日本でもベーシックインカムが導入されるだろう。
すると人は働かなくなる、ことはなく、日常の基幹的な仕事はAIが行い、人は好きな仕事だけをするようになる。
まさに、freedomである。
「権力の終焉」
facebookのCEOであるマーク・ザッカーバーグが「イヤー・オブ・ブック」でお薦めの本を紹介している。
本書はその彼が最初に選んだ図書として有名である。
だが、彼が紹介しなくても、権力の終わりに向かって生きる我々に向けられた、素晴らしい本であった。
余談だが、私は権力を英語にするとforceだと思っていた。間違いである。権力はpowerである。
forceは物理的な力で、powerは何かを動かす力であり、誰かの意志に反して何かをさせる力が、権力である。
だが、権力がないことは良いことだけではなく、誰もが責任をとれなくなる。もしかしたら昨今賑わっている問題もこの辺りにあるかもしれない。
「日本文化論の系譜」
文化とはfutureである。
一過性のものは文化とはならない。温故知新という言葉が示すように、過去から引き継いだものを、よりよいかたちにして未来に引き継ぐ。それが文化である。
「ゆらぎの発想」
自然界に存在するF。それはf分の1ゆらぎである。1/fとゆらぎとは、ある力fと同時に、fの力と反比例した力1/fが生じていることを言う。
人間の鼓動、ろうそくの炎の揺れ、小川のせせらぎ、鳥のさえずりなど、これらの中に1/fゆらぎが存在する。
1/fゆらぎは自然を癒し、人間を癒す。おそらく、気功などにも1/fゆらぎが内包されている。
1/fゆらぎを使った音楽もあり、天才的に歌声に1/fゆらぎが生じる歌手もいる。
ゴッホの絵の中にも1/fゆらぎがあり、意図的に1/fゆらぎでデザインされた商品が爆発的に売れる、ということも起こっている。
私の小説でも、ffの構えで破れた格闘家が、1/fゆらぎの構えを会得し・・・
「地球儀のスライス」
ミステリー作家森博嗣の短編小説集である。
森博嗣さんといえば何といっても1996年に刊行された「すべてがFになる」である。
20年以上前の作品にもかかわらず、いまだにミステリーランキングでは上位にランクインされる。
すべてがFになる、そのFとは何か。未読の方はぜひ読んでみて欲しい。
祭多まつりのWEB SITE
純文学作家(自称)
0コメント