ある所に、貧しくも懸命に暮らす兄と妹がいました。
兄妹には親はいませんでしたが、お互いに支えあって生きていました。
妹「お兄ちゃん、お腹すいたよー」
兄「そうか、そうか。じゃーお兄ちゃんが何か作ってあげるよ」
そう言って兄が冷蔵庫を開けると、中にはわずかばかりの食材があるだけでした。
そのうちの一つをとり、兄は言いました。
兄「糸こんにゃくがあるから、食べるかい?」
妹「糸こんにゃくだけじゃ、お腹いっぱいにならないよー」
兄はまた別の食材をとり言いました。
兄「しらたきがあるから食べるかい?」
妹「しらたきだけじゃ、お腹いっぱいにならないよー」
兄はまた別の食材をとり言いました。
兄「昆布があるから食べるかい?」
妹「昆布だけじゃ、お腹いっぱいにならないよー」
兄はまた別の食材をとり言いました。
兄「はんぺんがあるから食べるかい?」
妹「はんぺんだけじゃ、お腹いっぱいにならないよー」
兄は次に、醤油のビンと鰹節をとり言いました。
兄「鰹節と醤油があるから食べるかい?」
妹は、兄のあまり頭の良くないことを知っていましたが、そのことをバカにしたり、非難することはありませんでした。
何も言わない妹を眺めながら兄は考えこみました。
どうしたら妹を満足させられるだろうか。
だけど兄には良い考えが浮かびませんでした。
妹「ねぇねぇお兄ちゃん、それだけ材料があれば、おでんができるよ」
兄「なんだい?そのおでんというものは?」
妹「鰹節と昆布でとった出汁に鍋で味を付けて、しらたきとかはんぺんとかいろいろな材料を鍋にいれて煮込む料理だよ」
兄「難しいことは分からないけど、それにしよう!」
そう言って、二人はおでんを作ることになりました。
小一時間後、おでんが出来上がりました。
小さなはんぺんとしらたき、こんにゃくを二人は仲良く半分に分けて食べました。
二人はおでんの味に感動していました。
それでもまだまだ、お腹いっぱいなりませんでした。
妹「お兄ちゃん、もっと入れられるものなーい?」
冷蔵庫にはもうすでに何も入っていませんでしたが、兄はかつて聞いた話を思い出し、テーブルがわりに使っていた段ボールを鍋の中に入れました。
兄「こんなに美味い鍋なら段ボールもきっと美味しいよ!」
兄は本当に喜んでいるようでしたが、妹は鍋の底でぐにゃぐにゃになった段ボールを見て、鍋がすでに食べられなくなったことが分かりました。
妹は何も言いません。兄が自分のためにやったことだと分かっていたのです。
それでもやはり、段ボールの沈んだ鍋をみると、残念でなりませんでした。
妹は立ち上がり、部屋のすみにぶらさがっているたくさんの靴下の中から一つをとりました。
昨年の暮れに兄は、クリスマスの日に靴下をぶらさげているとサンタクロースがやって来て、プレゼントを入れてくれる、と誰かから聞き、それなら妹のためにと、たくさんの靴下をぶらさげていたのでした。
靴下はそれからずっとぶらさがったままでした。
兄が「あっ!」と叫ぶと同時に、靴下は妹の手により鍋の中に入れられました。
自分では妹に何も出来ないので、サンタクロースが本当にプレゼントをくれるなら妹にあげて欲しいと願いを込めた靴下でした。
妹は自分のしたことに驚きながら、小刻みに震えていました。
妹「お兄ちゃん、ごめんね」
妹は泣きながら謝りました。
兄は再び鍋の前に座り、すっかり汁を吸った靴下を箸ですくい上げました。
そうして、靴下の汁を飲みながら、兄は言いました。
兄「美味しいよ。うん、美味しいよ」
兄の目からも大粒の涙がこぼれていました。
その光景を見ながら、妹は急にあることを思い出しました。
妹「お兄ちゃん!その靴下の中を見て!」
兄が驚きながらびしょびしょの靴下の中に手をいれると、中から500円玉が一枚でてきました。
妹が兄のために、密かに500円玉を一枚、忍ばせていたのです。
いつか心優しい兄に「サンタクロースからだよ」と、言ってあげようと隠していたのです。
妹「ザンダグロウズガラダヨ」
妹はやはり泣きながら言いました。
兄はうんうんと頷きながら、妹を優しくなでました。
ようやく妹は落ち着きを取り戻して言いました。
妹「お兄ちゃん、その500円で本物のおでん食べて!」
兄は一瞬だけ困惑した顔になりましたがすぐに笑顔になり言いました。
兄「よし!二人でおでんを買いにいこう!」
そうして二人は街のコンビニエンスストアに行くことになったのです。
兄「よし、ついた。ここにおでんがあるのかい?」
妹「うん!今はセール中だから1個90円で買えるんだよ」
兄「じゃー全部で6個も買えるね!」
妹「お兄ちゃん、5個だよ」
兄「ははは。やっぱりおまえはお兄ちゃんと違って頭がいいね」
本当は消費税の計算などもありましたが、妹もただ笑って兄を見ていました。
妹「お兄ちゃんが三つ、私が二つね!」
今度は兄が妹をただ笑って見ていました。
そうして笑いあいながら、二人はおでんコーナーまでやってきました。
妹「私は玉子と糸こんにゃくにしようっと!」
兄「・・・」
妹「お兄ちゃんは何にする?」
兄はただ黙って、おでんを見つめていました。
妹「お兄ちゃん?」
兄はようやく、口を開きました。
「これは本物のおでんじゃない。だって、靴下が入っていないもの」
完
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純文学作家(自称)
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