昔のこと

仕事が手につかず、昼食前に早退した。
行くあてもなく電車に乗る。
考えまいとすればするほど、一念が胸を締めつける。
二時間ほど電車に揺られ、見知らぬ街に足を踏み入れた。
駅前から一本伸びた大通りを過ぎると、古びた映画館が見えてきた。
名も知らぬ女優の引きつった顔のポスターが貼られている。
どうやらVシネマ専門の映画館らしい。
頭を空にするにはちょうどいい。
名も知らぬ監督の、感傷と官能を売りにした退屈な物語だろう。
千円札を投げるように受け付けに差し出し、中に入る。
映画はちょうど始まったところで、ポスターで見た女優のフルヌードがスクリーンに映し出されていた。
自分以外に客は2、3人いるだけだったが、最後尾の端の席に座った。
小説の題材のためなら誰とでも寝る新鋭の女流作家と、その作家に恋心を抱く男子大学生の偏執狂的な恋愛物語らしい。
30分ほど過ぎたところで、男子大学生に恋人ができる。
バイト先の倉庫で大学生とその恋人が絡み始めたところで、不意に私の隣の席に人影が現れる。
暗くてはじめはわからなかったが、顔が近ずき女だと分かる。
口元で中かを言っている。
どうやら何かのサービスをしているらしい。
どうにでもなれ。
金を渡すと、女がイスの下に座り込み、私がはいているズボンのベルトを外す。
冷たい感覚の後で、生暖かい温もりが私を包む。
股関の先を舌で濡らした後で、女の頭が上下に揺れ始める。
女の喉が鳴っている。
スクリーンでは女流作家が、二人の絡みを隠れて見ている。
目はぎらつき、右手を股の間に挟んでいる。
女の頭の動きが激しくなる。
スピーカーから流れる女の喘ぎ声と、ピチャピチャと湿った音が、館内に響いている・・・
映画館をでて妻にメールを送った。
『離婚しよう』
すぐに返事がくる。
冗談なのか本気なのか『500万くれたらね』と書かれている。
それから、今日も帰らないと連絡したが返事はなかった。
こんな日に酒など飲んだら、きっと駄目になる。
私は素面のまま、夕刻の街を歩きだした。
文学は本当に人を救うのか、などと青くさい考えが浮かんでは消えていく。
5時間後、私はここがどこかも分からず、何をしたいのかも分からず、まださ迷い続けている。

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純文学作家(自称)