初恋

初恋 島崎 藤村

まだあげ初めし前髪の 
林檎のもとに見えしとき
 前にさしたる花櫛(はなぐし)の 
花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて 
林檎をわれにあたへしは 
薄紅の秋の実に 
人こひ初めしはじめなり
わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき 
たのしき恋の盃(さかずき)を
君が情(なさけ)に酌(く)みしかな
林檎畠(りんごばたけ)の樹(こ)の下に 
おのづからなる細道は 
誰(た)がふみそめしかたみぞと 
問ひたまふこそこひしけれ


はじめて恋を知ったのは、11歳の春でした。
翌年から通い始める中学校の体育館で、僕はあなたに一目惚れをしたのです。
1年後、僕らは同級生になりました。
「やっと会えたね」と話すあなたは僕より大人に見えたのです。
同じ教室の中にいて、声はめったにかけられず、好きですと、毎日背中に伝えていたことは、きっとあなたは知らぬでしょう。
1年後、僕らは別のクラスなりました。
2年生の夏の日に、全国大会に出場する先輩たちと、坊主になった剣道部員の僕の頭を、あなたは笑って撫でました。
僕らは365日、休むことなく稽古をしてました。
その間、あなたは誰の目にも明らかに、日に日に痩せていきました。
そのうち歯は溶けたように薄くなり、髪は赤毛になりました。
薬と性に対するあなたの悪い噂も聞きました。
それでも毎日好きですと、心で叫んでいたのをきっとあなたは知らぬでしょう。
向上心のない者は馬鹿などと、昼間の僕は求道者を装い生活してました。
同級生につれられて、原動機付自転車で、夜中の闇を走るようになったのはその頃です。
学校の成績も、試合の結果も落ちたけど、あなただけは掬(すく)いたいと思っていたことは誰も知らぬことでしょう。
卒業後、あなたの噂だけは聞きました。
僕は相変わらず迷刀を振り回し、暗闇の中を走っておりました。
「あいつとやった」とあなたのことを同級生から聞く度に、僕は見えない刀を鞘から抜いておりました。
それでもあなたに会いたいと、ただただ祈っていたことは、誰も知らぬことでことでしょう。
高校を卒業後、お酒ばかりを飲んでおりました。
飲んでは吐いて、飲んでは暴れ、時間ばかりが過ぎていきました。
その日は関東平野を寒波が襲いました。
記録的な大雪の降る中を、僕は足取り軽く、成人式の会場に向いました。
やっとこの日が来たのです。
あなたに再び会う日のために、僕はこれまで生きて来たのです。
だけれども、あなたの姿は見つからず、僕は途方に暮れておりました。
夕方から開催された同級生たちとの酒宴の中でも、僕は一人冷めておりました。
そして会が終わる直前に、とうとう僕は聞いたのです。
あなたはとうに亡くなっておりました。
病気か事故かはわからぬが、誰かが知らせた情報で、僕の心も死にました・・

あれから19年、私はまだ、生きています。
私の心にあなたがいることは、きっと誰も知らぬことでしょう。

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純文学作家(自称)