神様からの伝言

金曜日の夕方、銀行の営業マンから電話がかかってきた。
そんなことはめったにない。

あるとすれば、キャッシュカードに付随するクレジットの年会費が残高不足で引き落とせなかったか、カードが不正に使われた形跡があるぐらいだろう。

そう思い電話にでると、男がぼそぼそと小声で何かを言っている。
『電波が悪くて聞こえません』と伝えると、場所が違うから云々と、なにやら意味の分からないことを言っている。
『きりますね』
そう言ってスマートフォンを耳から離そうとしたところでようやく、男の声が明瞭に聞こえるようになった。
どうやら男は、Bigの勧誘で電話をしてきたらしい。
通常6億円のBigの当せん賞金が、今なら12億円だと言う。
確率は約1/480万だと話をする営業マンの声が、再びどこか遠くから聞こえてくる。
『チャンスなので』と掠(かす)れた声で話す営業マンに、『考えておきます』とだけ伝え電話をきった。

Bigやtotoという存在を知ってはいても、今まで買ったことはなかった。
普段なら『買いません』と、ただひと言いって終わった勧誘が、今日に限っては、何か引っかかるものを感じていた。
先日、可愛い女の子と宝くじの当選金について話をしていたからだろうか。
それとも、今朝がた思いついて、チャンスをテーマにした日記を書いたからだろうか。

だが、買うにしても買わないにしても、敵を知り己を知れば百戦殆ふからずと兵法にあるように、まずはBigの仕組みを知らなければ始まらないない。

そう思い、いろいろ調べているうちに、私は今まで間違えて認識していたことに気づいた。
宝くじの当選には所得税がかかると思っていたのである。
それは誤りで、宝くじやBigなどの当せん金には税金がかからない。
というより、購入時にすでに全員から徴収済なのである。
「当せん金付証票法」という法律でそう定められている。
だから、当せん金はすべて当選者のもので、翌年、税金が上がるということもない。
当たればそのまま12億円が自分のものとなるだけである。
12億円で何をしようかと考えながら、さらに調べていると、Bigよりもtotoに興味を覚えはじめた。
その流れで、totoを研究するオンライングループに参加し、サッカーのコミュニティに参加した。

説明が不足していたが、Bigやtotoは、スポーツくじの収益を日本のスポーツ文化に役立てましょうという名目の元、サーカーの勝ち負けを予想する、シーズンに毎週開催される、いわば、お祭りである。
Bigが一口300円でtotoが100円である。(100円のBigもある)

BigはJ1とJ2の決められた14試合で、ホーム側のチームが勝てば1、負ければ2、引き分けなら0という数字を予想する。
つまり、1か0か2の3パターンが14試合あるため、4782969通りの組み合わせがある。
それをBigはコンピュータがランダムに数字をきめる。
つまり、運ゲーである。
それも、すごい運である。

それに対し、totoは13試合の勝敗を自分で予想する。
確率は3の13乗であるため、1/1594323である。
先週は誰かの予想が当たったのだろう、今週はキャリオーバーは発生していない。
これは、ちゃんと考えて予想したら当たるのではないか。
そう思わせるゲームである。
今週のtotoの投票締め切りは、最初の対戦カードが6/15の土曜日18時にキックオフであるため、土曜日の17時59分が締め切りである。
締め切りまで、あと23時間ある。
そうして私は、金曜の夜から土曜日の夕方にかけて、サッカーの試合を予想することになった。


第1試合は、ホームの清水エスパルスvs横浜F・マリノスである。

totoは他人の購入結果の集計も確認できる。
9割近い人が、リーグ3位の横浜Mと最下位の清水なら断然横浜Mが勝つと予想している。
横浜Mは3連勝中でチームの状態も良く、ペナルティーや怪我で出場停止している選手もいない。総得点でも一番のチームである。これは横浜Mが勝つだろう。最悪引き分けも考え、0と2の2つ選ぶ。

第2試合。松本vs仙台

これは好カード過ぎて難しい。
仙台が先に点を取れば仙台の勝ちになるだろうが、そうでない場合は乱戦となる。
最初の1点をどちらが取るか。
ホームが有利と考え、松本の勝ちと予想する。

第3試合。大分vs名古屋

なんとなく引き分けになりそうなゲームである。
というわけで引き分けと予想。

第4試合。浦和vs鳥栖

浦和はホームで3連敗している。
これでまた負けたら、浦和美園のサーカー場が真っ赤に燃えるのでないか。ファンのユニホームではなく、現実に。
鳥栖のカウンター攻撃が怖いが、浦和のキーパーは信頼できる。そう思い浦和の勝ちと予想する。

余談だが、浦和美園の駅周辺は私が子供の頃は田畑と森であった。サーカー場の建設が始まる前の小さい頃、その森にカブトムシ虫をとりに入ったことがある。
学生の頃には、まだ森だったその建設現場の横を自転車で通りすぎ、高校や大学に通っていた。
そのかつての思い出の地が真っ赤に燃えてしまうのはしのびなく感じる。浦和は絶対勝つだろう。

第5試合。FC東京vs神戸

どちらも不安材料がある。
FC東京は日本代表のエース、久保建英選手がコパ・アメリカに召集されているため不在である。
それに対し、神戸はドイツから新しく新監督が来たばかりで、選手とコミュニケーションがとれているのか不明である。
FC東京はディエゴというもう1人のストライカーがいるため大丈夫だろう。
ということでFC東京と予想。


第6試合。ジュビロ磐田vsG大阪

この2チームの名は、Jリーグをあまり知らない私でも知っている。
最近の選手はまったく知らないのでコミュニティなどで動向をさぐる。
みな予想が難しいようで迷っている。勝負が分からないので、3つとも選択する。


第7試合。大宮vs岐阜

ここからはJ2の試合である。
他人の予想から、大宮の勝ちと予想。
第8試合。千葉vs鹿児島
千葉の勝ちと予想。
第9試合。山形vs水戸
これも難しいカードである。
分からないので3つとも選択。


第10試合。京都vs琉球

琉球はホームでは俄然強いがアウェイではなかなか勝てていない。単純だが、今回もホームの京都が勝つだろうと予想する。


第11試合。甲府vs東京V
私は強い頃の東京ヴェルディしか知らない。
これも予想が割れているが、何となく甲府を選択する。


第12試合。金沢vs愛媛
ホームの金沢と予想。


第13試合。新潟vs栃木
アウェイの栃木と予想。

以上から私の予想はこうなった。
02
1
0
1
1
102
1
1
102
1
1
1
2

ダブル1 トリプル2で合計1800円である。

totoは総投票金額から当選金額が当選者に分配されるため、今回であれば私一人だけが当たった場合は約4000万円が支払われる。

私は自分の投票に自信を持ち、金曜日の夜はそれで予想をやめ、眠りについた。
最後に時計を見たのは、深夜3時であった。

土曜日、思いのほか仕事が早く終わり、15時には家に帰宅した。
早めにシャワーを浴びて、部屋着に着替える。
冷蔵庫から氷を取り出し、ウィスキーグラスに入れる。
とっておいたバレンタインをグラスに注ぎ、一気に喉に流し込む。
昨夜は予想が深夜まで及び、あまり寝ていないためか、身体がすぐに熱くなる。
パソコンを開き、totoの投票サイトやコミュニティのチャットに流れる文字を眺めながら、他人の投票をみていると、自分の投票に不安がよぎりはじめる。
慌てて投票を6口追加する。

追加した投票は以下である。
2
012
012
0
1
1
1
1
1
1
1
1
1

これで当たるだろうか。
そうだ。瞑想したら何か見えるかるかもしれない。
そう思い、意識を深く沈めようとするが、身体が熱く、思うように集中できない。
座禅をといて、再び画面の前に座りなおす。
やはり、もっと別の可能性があるのでないかと思い、銀行の残金を確認するためにスマートフォンを取りだす。
残金は247円である。
あと2口だけ投票できる。
給料日まであと一週間あるが、なに、当たれば問題ない。

それにしても、なぜ銀行マンはこんな残金のない口座の主に電話をしてきたのだろうかと思い、改めて着信履歴をみるが、昨日の着信は一つもなかった。
自分で消したのだろうと思い直し、私は再び、バレンタインをグラスに注いだ。
すぐに酔いが深くなる。
200円をどう賭けようか。
この200円で、私の生活は変わるのだろうか。
そう思えば思うほど、どっちのチームが勝つのか分からなくなってくる。
欲しいものではなく、必要なものだけにお金を使うことがお金持ちになる条件だとかつて日本で一番の納税者だった男が言っていた。
バレンタインを飲み干し、再びグラスに注ぐ。
また、あるミュージシャンは、お金は穴のあいたザルで桶から水をすくい、別の桶に移すようなものだと言っていた。
そのように、小さなことをコツコツ積み重ねることが、金持ちになる秘訣であると。
ならば私のやっていること何であろうか。
かつては、持ち金はすべて月末までに使ってしまうような生活を送っていた。
今でも、月末に財布に残ったお金はすべて湖に投げ込んでしまうか、ネット上の知らない人に振り込んでしまっている。
もっとも、近年は給料が入ると銀行が毎月自動でわずかな積み立て金を保管しておいてくれている。
スマホのコミュニケーションアプリでも、私が買い物した残金を、自動で貯めてくれている。
老後はそれで暮らせるだろう。
それぞれのサービスを最初に申し込んだのは自分だが、何だか人生に保険をかけているようで、自分のこざかしく小心な行いに、吐き気を覚えることもある。
金などあって、どうしようというのだ。
バレンタインがなくなり、冷蔵庫から焼酎の三岳を取り出し、グラスに注ぐ。
4000万円当たったら。
そうしたら全部、酒で飲んでしまおう。もしくは、誰かに上げてしまおう。
私が持っていてもろくなことに使わない。
生きるのに必要なことは、私はすでにすべて持っている。
それに、もはやいつ死んでもかまわない。
そう思うと、とたんに賭け事がむなしくなってくる。
なぜ私は賭け事などしているのだろうか。
そうだ、電話だ。
電話で確かに私は勧誘された。
それともあれは錯覚だったのだろうか。
何かの音を自分の携帯の着信音と間違え、何かの音を男の声と間違えたのだろうか。

私は、思考を整理するために、パソコンで原稿用紙を開き、キーボードをうちはじめる。
飲み過ぎたのか、視点が合わない。
だが、画面を見なくとも、キーボードは打てる。構わず文字を打ち続ける。

声を聞く。知らない声。
会話ではない。メッセージ。
そう、メッセージを受けとる。
チャンスがあると。何の?
そういえば、それを男は言っていなかった。
ただ、Bigがチャンスだと。
私のしていることは?
totoを買い、酒を飲んでいる。
そこまでキーボードに打ち、私の中で、何かが閃いた。

物語である。
神様がいて、神様は人間にいろいろなチャンスや気付きを与えている。
あるところに、1人の男がいる。
その男も、神様に気付きを与えられるが、男はいつも神様の言う通りではなく、自分の判断を選び、チャンスを目前で台無しにしてしまう。
ある日、またしても神様の助言に従わず、男は誰かの犠牲になって死んでしまう。
神様の言うことは聞かない男は地獄行きとなる定めである。
死んだ後で、男は神様にお礼を伝えにいく。
今まで助けてくれてありがとうと。それでも神様の助言に従わず、申し訳なかったと。
最後に、神様が男に質問をする。
なぜ幸せが約束されているチャンスを選ばなかったのか。
男は答える。
自分が選んだ人生ならば、悔いはありません。間違っているかもしれないが、それが一番自分にとって正しい生き方でしたと。
神様はそれを聞き、男の行き先をやはり地獄とするか天国とするか、それを読者に判断させる物語を書こう。タイトルは『神様からの伝言』で。

続けて、もう1つ物語が浮かぶ。
忘れないように、見えない画面に向かって、パソコンに文字を打ち続ける。
今度はミステリーにしよう。
主人公は大学のサーカー部の男だ。仮にAとしよう。
部活のマネージャーに恋心を抱いているがまだ、隠している。
学生リーグで優勝したら、そのマネージャーに告白しようと企ている。
主人公はもう一人いる。その男はBとする。
元は同じ部活の、エースストライカーだった男だ。
足の故障により現役選手を引退し、今は学生リーグの運営を担っている。
Bはその立場から、他の大学にも頻繁に出入りし、大学関係だけでなく、リーグ開催のためのスポンサーや企業とも広くつながりあり、実は、闇で学生リーグのtotoのような賭け事を仕切っている。
そんな矢先、事件がおきる。
いろいろな大学のエース選手が、事故にあったり怪我で大会にでられなくなる。
一応ミステリーだが、死亡はさせない。
名探偵は誰にしようか。
仮にAの恋するマネージャーにしてみよう。
やがて、マネージャーにより、Bによる闇賭博が、露呈されることになる。
Bの動機は金であるとされ、Bは失脚する。
リーグは無事に開催されいよいよ決勝。
マネージャーは病室から決勝をテレビで見ている。
実はマネージャーには昏睡状態の弟がいて、その看病をしているのである。
そこへ、謎の小切手が届く。
弟の手術代としてBからである。
そして、Bの金の目的が、マネージャーのためであったと分かる。
それでは、あの事故は・・・という話である。

面白くなるだろうか。書いてみないと分からないが、文章を保存し、パソコンを閉じる。

気がつくと、18時目前になっていた。
私はなぜか清々しい気分になっている。
そろそろキックオフだ。
試合の、そして私の賭けがこれからはじまる。

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