あるところに悪魔と人間の住む街がありました。
悪魔たちは人間の姿をして、人間のように暮らしていました。
もちろん、人間はそのことを知りません。
悪魔はときどき人間に悪さをしたり、心の弱い人間に悪事を教えたりして生きていました。それが、悪魔の力になるのです。
ある日、3人の悪魔が人間の営むバーで、お酒を飲んでいました。
1人の悪魔の顔はすでに赤く、舌はうまく回らなくなっているようでした。
悪魔A『オィ、ニンゲン。モットサケヲモッテコイ! ミセノサケヲゼンブモッテコイ!』
店員『お客さま、今日は飲みすぎですよ。そろそろお帰りになられた方が・・・』
すると、悪魔Aのとなりに座っていた人間の姿をした悪魔が、その会話に割って入ってきました。
悪魔B『おい姉ちゃん。こいつが飲みたいって言ってるんだ。もっと出してやりなよ。』
店員はしぶしぶお酒を注ぎに奥に入って行きました。
悪魔Aは悪魔Bに言いました。
悪魔A『お前、悪魔だな。』
悪魔は悪魔の本当の姿が見えるのです。
悪魔B『お前こそ、いったいどういうつもりだ。あの人間は俺の獲物だぞ。』
悪魔A『酔ったふりして油断したあの人間の心を邪悪にしてやろうと思っていたんだ。これ以上邪魔するな。』
悪魔B『面倒だ。俺があいつを食べてやる!』
悪魔A『だからお前はダメな悪魔なんだ!』
悪魔B『なんだと!?』
悪魔A『そうして人間がいなくなっていったら、悪魔の力が弱くなるじゃないか!』
悪魔B『ふん!少しぐらい悪魔が直接人間を食べても、人間なんぞいくらでもいる。人間は悪魔がそそのかさなくても悪魔の心を持ったり、互いに殺し合いもするんだぞ!』
悪魔A『人間は生かして、より悪魔に近づけるべきた!』
悪魔B『人間なんぞはそのまま悪魔の栄養にしてしまえ!』
悪魔A『なんだと!』
悪魔B『なんだと!』
どちらの悪魔も自分の主張をゆずりません。
すると悪魔Bが、さらに左に座っている悪魔Cに話かけました。
悪魔B『おい。聞こえていただろう。どちらが悪魔として優れているか、お前に分かるか。』
悪魔Cは悩みました。
悪魔Aの言うことも、悪魔Bの言うことも間違いじゃないと思ったのです。
そして悪魔Cは言いました。
悪魔C『それなら、人間に聞いてみましょう。もちろん我々が悪魔だと言うことは明かしません。』
悪魔A『よし、いいだろう。』
悪魔B『やってみろ。』
悪魔Aと悪魔Bはその案を承諾しました。
そこへちょうど、店員がグラスを持って戻り、悪魔Aに差し出しました。
店員『3人とも仲良しさんなのね。』
悪魔B『あいつがあんたと話たいと絡んできたんだ。』
そう言って、左の男を指差しました。
店員『あら、まささん。お久しぶりね。私に会いに来てくれたの?』
悪魔Cは人間界でまさと呼ばれていました。
店員の女が悪魔Cを見つめると『いえっ。あっ。その。はい。』と、しどろもどろに返事をしました。
悪魔Cはうつむいて、本当に照れているようでした。
店員『それで、私にお話ってなーに?』
悪魔Cは赤くなった顔を上にあげて、女の顔を見つめました。
悪魔Cは女を美しいと思いました。
そうして女にみとれていると、悪魔Bが言いました。
『おい、兄ちゃん、話があるんだろう?』
悪魔C『そうでした。すいません。』
そうして悪魔Bの先を見ると、カウンターにうつ伏せになっている悪魔Aの姿が見えました。
悪魔は通常お酒では酔いません。きっと演技の続きをしているのだろうと思いました。
覚悟を決めて、悪魔Cは女に訊ねました。
悪魔C『人間は何で生きているんですか?』
それを横で聞いていた悪魔Bは、驚いて椅子から転げ落ちそうになりました。
悪魔にとって、人間は力の源でしかないからです。
それでも何とかこらえ、人間と悪魔Cのやりとりを聞くことにしました。
『難しい質問ね。人間か~。他の人は分からないけど、私はね』そう前置きをして、女は語りはじめました。
『私はね、私なの。答えになってないかな。ははは。でもね、特別にやりたいことがあるわけじゃないんだ、わたし。今やっているこの店をずっとやるわけじゃないのも分かるけど、毎日が昨日と違う私であり続けられたらいいかな。』
悪魔Bはキョトンとした顔で女を見つめ、悪魔Cはじっと、それでもにこやかに女を見つめていました。
そして、悪魔Cは考えました。人間には人間の生きる意味がそれぞれあり、それはきっと、他人の生きる道をなぞることではないのだろうと。
それなら悪魔にも、それぞれの生きる意味があるのかもしれないと。
今までの悪魔とは違った、自分だけの悪魔らしさがあり、それを追求すべきが悪魔なんじゃないかと。
そう考えた次の瞬間、悪魔Cの脳裏に、恐ろしい考えが浮かんだのでした。
悪魔として、はじめて人間に行う大罪を、悪魔Cはやることにしたのです。
今までどんな悪魔も、これほどの罪を負った悪魔はいないでしょう。
悪魔Cは静かに、それでも確かに女の胸のプレートに書かれた名前を呼びました。
『マリア』
今度ははっきりと言いました。
『マリア』
『あなたが好きです。愛しています。』
マリアがその言葉を聞き終える頃には、悪魔Cの姿は消えてなくなっていました。
隣で聞いていた悪魔Bの姿も、消えてなくなっていました。
そしてまた、悪魔Aの姿も綺麗になくなっていました。
カウンターの前では、マリアが微笑を浮かべてただ一人立っていたのでした。
これは、マリアが聖母となるずっとずっと前のお話です。
めでたし、めでたし。
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純文学作家(自称)
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