なんて日だ!(一昨年前の話)

12月12日、土曜日の朝9時。
汐留オフィスのサーバ室で収益管理システムのネットワーク配線をいじっていたさいに、LANケーブルを床下までたどりよせていると、ビリビリビギッ!とスーツの股下が裂けたのである。
こともあろうか、その日はどピンクのボクサーをパンツを履いていたことに気がついたが、どうしようもないため、そのまま作業を続行することにした。
サーバ室には後輩の男が1人いるだけである。
昼すきに汐留での作業を終え、浜松町駅から東京駅まで京浜東北線で移動する。
お尻の部分を鞄で隠してはいるが、やはり全部は隠せていないのであろうか、電車内で怪訝な顔で睨むおばあさんがいたが、外を見て視線を合わせないようにするのが精一杯であった。
俺としては、大丈夫、履いてますよ、という心境である。
東京駅につき、日本橋まで歩く。
背後をとられたら負けだと思ったので、バカみたいに半身になって、ナンバ走りをする。
信号が憎たらしい。
三越ビルを越え、東京日本橋ビルに到着する。
ここまでくればひとまず安心だ。
エレベーターに乗り込み、33階のボタンを押して、ほっと肩をなでおろす。
だが、エレベーターは7階で止まり、進入者がやってくる。
まだオープンしていないビルだ。建設関係の人だろうと思っていると、ツナギをきた若い女性が2人乗り込んでくる。
右前方の操作パネルの前にいたため、慌ててエレベーターに背中で寄りかかり、行き先階ボタンを見つめる。
『さんじゅうよんかいおねがいしまーす』
気だるい声が響き、
俺は慌てて34のボタンを押す。
エレベーターが上昇していく。
8、9、10、11・・
どうやっておりようか。
28、29、30、31・・・
エレベーターの現在位置を示す表示が時を刻む。
頭を使え!まつり!
すると指が勝手に動き35階ボタンを押す。
33階で扉が開き、気まずい空気の中でエレベーターは再び上昇をはじめる。
34階。二人がひそひそと会話をしながら降りていき、
俺は無事に35階にたどり着く。
前日に顧客から送らてきた「関係のない階には出入りしないでください」というメールに記載された文面が頭に浮かんだが、なんとでもなると自分を鼓舞し、階段をおりて、ようやく33階のサーバ室にたどり着いた。
この日の作業はSWHUBとサーバの移設である。
股が裂けててもパンツが丸出しでも何ら支障はない。
早く終われば22時には終わるだろう。
ところがそうはいかなかった。
業者が持ってきたHUBと、サーバのディスクの27台あるうちの1台が故障していたのである。
顧客に謝罪の連絡をし、営業に保守部材の手配を依頼する。
一時間半後にやってきた保守員のワイルドすぎる話は割愛するが、作業が完了したときには0時を回っていた。
帰宅を急ぐ。
東京駅までナンバ走りでたどり着き、大宮行きの最終電車に乗り込む。
地元の駅までは電車はすでにない。
赤羽で降りて深夜バスに乗ろうとするが、平日しか運転がないことを知る。
そこで気がつく。
タクシーチケットもカードも今日は家に置いてきてしまっていた。
仕方なしに歩いて帰路を目指す。
1時半発。
ネオンの光る赤羽の繁華街を抜ける途中で、石鹸の匂いを漂わす男性3人とすれ違う。
荒川にたどり着き、大橋を超えれば埼玉県である。
いざ、参ろう!と右足をだしたところで警察官に呼び止められる。
「酒をのんでいるのか」「どこへ行くのか」としつこく聞いてくる。
新宿にたむろするキャッチのお兄さんなみである。
飲んではいないと答えると、息をかけろと言ってくる。
変態だろうか。
身分証明書をみせろというので財布からマイナンバーカードを取り出し見せてやる。
するとこれは重要情報だから簡単にださない方が良いと言う。
変態だろうか。
家が越谷だとつげると、怪しいと言わんばかりに鞄の中を見たがってくる。
変態に違いない。
全部を見せてやると警察官は満足したように聞いてくる。
「変態なのか」と。 
思わず「そうです。私が・・」と言いかけた所で思いとどまり、パンツが丸見えな旨を説明し、ようやく解放された。
それから2時間半歩き、越谷についたのは4時である。
疲れた。思考が麻痺している。飲まずにはいられない。
パンツが丸見えでも入れる店を探す。
駅前のbarが目に入る。
お一人様歓迎。
気軽にお越しください。
ならば入ろう。
右手でノブを回し、左足から店に入る。
カウンターに座り、ワイルドターキーを注文する。
酒がきた所で後ろのテーブル席にいた女がキャッと悲鳴を上げる。
どうせ酔っ払っているのだろうと思いながら、酒を一息に飲み干す。
するといかつい男がやってきて、囁くように告げる。
「お客様、下着が・・・」
私は、うむ、と頷き平静を装い、代金を払って店を出る。
冷たいものが、頬を垂れる。
雨が降り始めていた。
私は空を見上げて呟いた。
「なんて日だ!」

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