連休中のこと(その1)

何かを書こうと思いながらも筆が進まず、半月あまり深みに沈んでいた。

『魚はより深き所を求め、人間は、より良き所を求める。しかしながら、人間は時によって、 其処がより良くはなくして、より悪く、極めて悪い所であるのに十分気づきながら、 より深い所を求めることがある。・・・何故そんなことになるのかー説明することはむずかしい。理性の混濁だとか、魂の病気だとか、人はよくそんなことを言う。』

 シェストフの言葉を頭に浮かべながら、連休中に予定は何もなく、私は一人個室にこもっていた。
自室ではない。
そこはレジャーホテルと呼ぶにはあまりに簡素で、それでいて、沈澱した思考と身体を誰にも干渉されずに過ごすには、最適な場所であった。
ビジネスホテルのように煩くなく、かつて文豪がしていたように温泉旅館を常床とするような贅沢でもない。
場末の街の小規模な歓楽街の端に、古びたラブホテルが建っている。
新しい元号を迎え、私は一人、そこに籠ることにした。

騒がしい通りを抜け、享楽の城に入り、点灯したパネルの中から、一つの部屋を選択する。
部屋はどこでもいい。
私は一刻も早くこの憂鬱で場違いな、それでいてきらびやかな場所から移動したかった。
部屋番号が印字されたレシートを引きちぎり、エレベーターで5階に上がる。
エレベーターの扉が開くと、入り口のランプが点滅している部屋が一つだけある。
早足で扉の前に行き、不器用に扉を開ける。
部屋の中に入り、鍵をかける。
衣服を脱ぎ捨て、裸でベッドに飛び込む。
エアコンの冷えた風が、背中の熱を奪っていく。
酒でも買ってこようかと思ったが、そんな気力はもはやなかった。
しばらくそうして横になっていたが、何もすることがないからといって、残りの8連休をこのままただ眠って過ごすわけにはいかない。
私がこのラブホテルに滞在している間にも、一晩の間に日本のどこかで3000人以上の人間が死んでいく。
だからといって、私に今できることがあるのだろうか。
テーブルに置かれたリモコンを拾い、テレビをつける。
元号が変わるための何かの儀式や、アナウンサーやコメンテーターの歓喜した声が響いている。
テレビの音を消し、枕もとのパネルを操作し、ラジオをつける。
You Got Itと、誰かが歌っている。
I see your true colorsと、誰かが歌っている。
time after time・・・。
私は少しだけ気力を取り戻し、ベッドから立ち上がる。
浴室に行き、浴槽の蛇口を捻ると、勢いよくお湯が流れてくる。
部屋に戻り、冷蔵庫から有料のチューハイを取り出す。
テレビの音を入れ、チャンネルを替える。
空になった缶をゴミ箱にいれ、再び冷蔵庫から、日本酒のカップを取り出す。
チャンネルをアダルトに設定し、番号のタイトルを次々に眺めていく。

つづく・・・

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純文学作家(自称)